「菅沼三代」展へ

設楽原歴史資料館ではじまった「菅沼三代」展へ。


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菅沼とは野田城の殿様のことです。



絶対的な力を持つ存在がなく、ひたすら戦いに明け暮れていた戦国時代。

新城・作手・設楽の土豪たちは、武田・今川・徳川の勢力争いの狭間で、

ギリギリの選択を迫られる、まことに辛い立場に置かれていたのです。



作手の奥平家が今川・織田・武田・徳川と渡り歩いたのに対し

野田の菅沼家は、徳川(松平)へ味方することを貫き通します。



織田に与した奥平家との戦で、菅沼三兄弟揃って討死といった悲運に見まわれても

一度も裏切ることなく徳川(松平)へ味方し続けた野田の菅沼家。



菅沼の武名が天下に聞こえることになったのは

戦国最強・武田信玄の大軍を敵に回しての野田城の籠城戦です。



当時の武田軍がどれほど強かったかというと・・・



この籠城戦の2週間前、浜松・三方ヶ原で武田と戦った徳川家康は

あまりの恐ろしさに ウンチを漏らながら 浜松城へ逃げ帰ったほど。



大惨敗を期したばかりの家康は浜松から動くことが出来ず、

援軍のあてのない、孤立無援のなかでの籠城戦。



絶望的な状況にも関わらず、徳川を裏切ることなく武田と戦い抜いた菅沼定盈の姿に

徳川家康や織田信長はおろか、敵の信玄でさえ感銘を受けます。



この野田城の篭城戦によって菅沼家は、時代が下がっても

幕府や他家から尊敬と敬意を持って処遇されることとなります。


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三万もの大軍の攻撃に耐えた野田城の絵図面。


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野田城全景 (クリックで拡大



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野田城主・菅沼定盈公の肖像画。

武骨・猛将・剛将といったイメージでしたが、知的で穏やかな風貌。

人徳のある魅力的な武将だったようです。



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菅沼三代のお話は、宮城谷昌光さんの 「風は山河より」 に詳しく描かれています。






  設楽原歴史資料館特別展 「菅沼三代」戦国を駆け抜けた三人の男たち

  ■休館日 火曜日(火曜日が休日の場合は次の平日が休館)
  ■期間  平成23年9月14日~11月28日 (10月28日より新しい展示に替えの予定)
  ■時間  9時~17時
  ■入館料 一般300円 小中学生100円
  ■住所  愛知県新城市竹広字信玄原552










資料館に飾られていた「設楽原鉄砲隊」の写真には・・・


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友達の姿が..(みっちゃんカッコイイ)




by dikta | 2011-09-19 09:19 | ..雑感戯言 | Comments(0)


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